平成28年 第78回全国都市問題会議

10月6日(木)~7日(金)岡山県岡山市
「人が集いめぐるまちづくり」国内外に開かれた都市の活力創出戦「どのような都市像を目指すのか」

今回、岡山市で開催された「全国都市問題会議」は、「人が集いめぐるまちづくり」国内外に開かれた都市の活力創出戦略がテーマである。
同会議における、ここ数年の共通のテーマとして、少子高齢化の中で進む人口減少が採り上げられており、その意味では今年も同様な内容であった。
しかし、今回はそれぞれの町の特性を活かすという視点で、人口減少に伴う課題である都市活力の創出を考える事を中心に、会議が進められた。
まず、私たちが住む「まち」について考えると、人間それぞれに個性があるように様々であり、それは「まち」が歩んできた歴史である。
「まち」のそもそもは人の共同体であり、その暮らしと共に発展してきたものである。そうした過程の中で、城下町や門前町、宿場町、港町などが形成されてきたのだ。
その「まち」に共通するのは、そこに人が集うことである。古くは四大文明の諸都市、ギリシャ文明の中のポリスであり、古代ローマの都市等であり、産業革命以降の鉱工業都市や各商業都市、港湾都市など、時代の変革・多様化と共に発達してきたと言える。
もともと都市は人が日常的な経済需要をその地の「市場」を通じて満たす場であり、人が住みながら、そこで活動を行う場である。様々な職に就く人々が集い、多様な人間活動を行う。
つまり、人の集まりとそこでの活動の多様性こそが都市の最も重要な財産であるという考えが都市論の注目点とのことである。
戦後の日本における「まち」を考えたとき、産業・経済の発展に伴って、交通が整備され郊外に住宅都市が生まれたことが、旧来の門前町や城下町などで発展してきた商店街と異なる新しい形の商店街が形成されることになった。
更に近年、モータリゼーションの発展により、郊外型の大型店が進出することで、「まち」のあり方が大きく変化している。
都市活力の源泉とは、都市に人が集い、人々が行き交いコミュニケーションし、さらにはそこで経済活動等を繰り広げることが定義であるとの話を聞き、全く同感と思った。
特に近年は、都市を取り巻く大きな変化のなかで、「まち」のあり方を考える上で、このことを踏まえる必要がある。
そこで、考慮しなければならい事の一つはまず、グローバル化である。近年、グローバル化の進展の中で、人やモノ、カネの移動が容易になり、国際競争も激しさを増していることから、地球規模で最適な環境を求めて企業の移動が繰り広げられている。
また、大都市圏だけでなく地方圏でも海外との往来が容易になってきている。
近年、訪日観光客は急増し、2015年度の訪日観光客数は2000万人を超え、2020年度の目標値は4000万人に倍増させるなど、公民ともに国外からの誘客に大きな期待を寄せている。

次に人口構造の変化への対応である。これまで日本の都市では、近代化・経済成長するにしたがい郊外へと拡大を続けてきた。
近年の人口減少やそれに伴う経済の縮小は、そうした活動への力を低下させている。
その結果、既に本市で見られるように、空き家の発生・増加に繋がる現象が全国的な社会問題となっている。
また、一方で少子高齢化社会の到来に伴い、人々のライフスタイルも変化しつつあり、高齢者の中には郊外での生活から中心市街地へ転居する動きがある。
また、若年層でも「歩いて暮らせる」ライフスタイルに一定の支持が見られる。

第三として、イノベーションの展開と浸透があげられる。
イノベーションとして社会に大きな影響を与えているのは、まず、ICTをベースとしたテクノロジーの急速な進歩である。
今後はビッグデータの活用を含め、「まち」の持つ「人が集う」機能をより発揮できるようなICTの活用・イノベーションが望まれる。
また一方で、歴史的建造物や古民家の保存・活用も進められているが、古民家の再生は近代的な設備を整えた形で可能となり、観光面での期待も大きいと思われる。

四つ目にワークライフバランスを重視することである。
経済のグローバル化に伴い、産業・雇用についても構造的変化が起きている。
また、各都市の商店街などの零細な自営小売業者が減少するなど、地域の産業や雇用の状況は一変している。そのほか、今後、労働力人口自体が大幅に減少することが見込まれる。
その対応として求められるのは、就業意欲がある女性や高齢者の就業の促進を図ることである。
それには、女性や高齢者が働きやすい環境作りが不可欠であり、仕事や家庭、地域生活などの様々な活動が、自らの希望するバランスで取り組める環境が都市のあり方として求められる。

基調講演

このような課題を踏まえ、将来の都市のあり方について、それぞれの講師による講演を拝聴した。
その中で特に印象深いと感じたのは、基調講演を行ったドイツ文学者である池内紀氏、法政大学デザイン工学部教授陣内秀信氏のお話だった。
池内氏からは、ドイツ文学者の立場から両国の相似点と異なる点について、「まち」に対する捉え方を学ぶことが出来た。
氏によれば、共に第2次世界大戦の共に敗戦国であったこと、そして、そこから見事に復興を果たしたことが大きな共通する点である。しかし、戦後のドイツは東西に分断された。
そのほかにも行政単位の違いや、宗教観から来る倫理観の違いなどを聞くうちに、「まち・都市」に対する捉え方にも違いがあることが想像できた。
ドイツでは、行政管区の主体を群が所管するという地方自治制度の違いがあるそうで、そのことからドイツでは町村の合併は行わないそうである。
その結果、まちの名前を消したり、変えたりすることはないのだそうだ。また、住民は、そのまちの歴史を尊重し、守る義務を負っているため、景観や町並みを維持することが徹底されているとのことである。
池内氏の話から、思うことは我が国では、まちの発展とは町並みや景観、伝統を壊して、スクラップアンドビルドを繰り返してきた。また、町村合併の結果、その場所の所縁の名前を変えてきた。その結果、無機質で個性の無い都市が構成されることになった。
そして、住むまちの名前が、いとも簡単に変えられたことで、まちの由来や伝統が忘れ去られることに繋がってしまったとも言えよう。
陣内氏からは、イタリアの例を基に「人を惹き付ける都市空間とその文化」についての講演をいただいた。
氏のお話で強く感じたことは、歴史的空間の再評価である。
1975年の文化財保護法の制定以降、その対象も増加しカテゴリーも多様となっている。
その中で、川越市等に代表されるような、単に文化財保存から歴史・文化を活かしたまちづくりへと変わりつつある。
地域の歴史・文化の保存は地域のアイデンテティの認識を生む。
街並み保存地区の多様な建築を再評価し活用する意味は、そのまちが、どのような歴史の中で作られてきたのかということを市民が知ることになるのだ。
また、水辺空間の発見と再生についても興味深い。
海外では、ロンドン・アムステルダム・ニューヨーク等が代表的、国内では、お台場公園・目黒川・品川に代表される水辺地域の再生がある。かつて、水辺地区は物流拠点として作られたが、近年のまちづくりでは、市民の手を借りながら新たな都市空間として愛され、利用されている。
一方、地域においては、旧来の盛り場がその姿を変えつつある。阿佐ヶ谷・西荻・下北沢等、若者が回帰して、賑わいが再生した例も多い。路地も一つのまちの個性である。

このような様々な話を聞くにつけ、本市に当てはめて考えてみる。
まず、古の町名の保存や案内板の表示についてである。
観光立市推進条例の施行に伴い、観光を産業の柱の一つとして取り組む中で、インバウンドも重要な課題である。
そうした際、案内板表示や併せて外国語の表記は大事であり、地域の歴史・文化を住民が認識する上で重要である。
また、街並みの保存や多様な建築を活かして、活用することはリノベーション・コンバージョンに繋がり、歴史遺産の保存になる。
民泊の推進が進む中で、このような転換は魅力づくりの一環である。
本市においては、どぶ板・若松マーケットなど、独自の雰囲気がで構成される地域があり、その個性がなかなか生かし切れていない感がある。
そうした中で、横浜の吉田町界隈、或いは違法飲食店が建ち並び、売春街であった黄金町ガード下一帯の再生は目を引く変身ぶりである。
私は、本市のまちづくりを想うときに横浜のこれら地区の再生を常に思い出す。
黄金町では、かつての違法飲食店を改装したアトリエとして展示。同地区の歴史を感じながら様々な表現に触れることが出来る。
それぞれの町の歴史や個性を今に活かしながら、町の魅力を発信していくことが、若者の創業意識にも好影響を与えているのではないだろうか。
衣笠駅前も、いずれ再開発の計画も出てくると想うが、、平作川で分断されている現状を川を活かす形で魅力ある街並みも考えることが出来るはずである。
駅にも近く利便性の高い同地区の中心に川を据えて水辺の町づくりも面白い。
施設配置適正化の中で、はまゆう会館の廃止とともに同地区の未来を考えてみたい。
また、JR田浦駅裏の倉庫群などは、最も水辺空間の発見・再生に適した環境と言えよう。
今後、そうした発想をもって本市の都市の活力創出に向けて、まちづくりを考えていくべきではないだろうか。